You are not Logged in! Log in to check your messages.

Check todays hot topics

Search for Services:

Please Log in

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

七回忌  さようなら

こんにちは。

 ワイルズが逝ってから6年が経ちました。
この1年間、私事でいろいろありましたが、このブログには無関係な内容なので記載しません。また、このブログの更新を今回で
最後にしようと思います。
以前から迷っていました。このブログはワイルズの大切な場所で、しかも「がん」や「白血病」、「高校生ブログ」のランキングにも参加しています。(本人の設定) ワイルズ亡き後、親が更新をするということは筋違いな気がして、毎年、罪悪感を感じていました。
七回忌という節目の今回、やっと決心できました。長い間、訪問していただき心より感謝申し上げます。

 でも.....プッツリと縁が切れるのは寂しい。ワイルズが繋いでくれた縁がたくさんあります。また、未来に新たな縁があるかもしれない。そこで考えて、コメント欄を活用することにしました。大事件があったときは、そこへ記載します。大事件がなくても、HN「miles」で、女々しい書き込みをするかもしれない。(そのときは、大目に見てね)

  父ワイルズの容態について。
脳出血になって4年と1か月が経ちました。固定状態です。前記事の内容とほぼ同じです。天寿を全うするまで見守ります。
 では、最後に、「2010年8月1日。あの日のワイルズはだれよりも輝いていた。最期に見せたワイルズの涙を、私は決して忘れない。死生の学びをありがとう」
夜、10時10分に、「ももの缶チューハイ」で乾杯していただければ幸いです。.......本当に、いろいろとありがとうございました。
スポンサーサイト

5回目の命日

こんにちは、お久しぶりです。


 ワイルズが逝ってから5年が経ちました。
彼の部屋はいまだに亡くなった頃のままで、愛猫のポンが自分の部屋として居座っています。
この部屋は誰にも使わせないぞ、という気迫に満ちたオーラを放ち、彼のベットの上で眠っています。
ワイルズが大好きだったこの部屋は、猫の顔をした妹ポンが守っているようなのでこのままにしておきます。
おそらくそれは、片づけたくない私の言い訳なので、ポンが天寿を全うしていなくなったら片づけることとします。
 ワイルズの跡には、なかなか踏み入ることができない。。

 認めたくないことですが、私が死んだあとは、家中の物がすべてゴミとして他人の手によって処分されることでしょう。
だったら、大切なものほど私が処分しなければいけないのだと強く思います。
 私にとって、とてもつらい作業ですが。。
断捨離やミニマリストが語る必要最低限の物との生き方などとはほど遠く、単に「飛ぶ鳥跡を濁さず」という単純な思いです。
できるだけ、他人に迷惑をかけないで生きることが理想です。
そして、ワイルズのような潔い最期が理想です。。
 あっ、すみません! つい、自分語りになってしまいました。


 父ワイルズの容態について。
去年の記事内容とほぼ同じです。
良くならず悪くもならないという固定状態は、どう捉えたらよいのかわかりません。
本人は、生きていられて幸せ、とは決して思っていないと確信します。
7月3日で3年が経過し、寝返りもうてず、見ることもできず、言葉も出ない、飲食もできない。
生きている楽しみがない毎日。
私にだけは、動く左手でバシバシ叩いてあばれ、鼻の管を抜こうとしたり、血がにじむほど頭や額を掻きつづけたりして、
怒りを表現しているように感じます。
元気な時に(脳出血になる1ヶ月ほど前)、彼から言い出したふたりの約束。
お互いに、突発的な事故や病気で、行きたいところへ行けず、やりたいこともできない状態になったら、生きる意味がないと思うので延命はしない。   殺してくれ、と彼は言っていました。(いや、日本では安楽死や尊厳死は認められていない)
自発呼吸ができるようになり、当初装着していた人工呼吸器は除かれました。でも、嚥下ができないので、、鼻からの経管栄養が続いています。それは彼にとって、延命処置であり、意に反することなのだと思います。(執拗に管を抜こうとする)
私が約束を守らないことに、彼は苛立っています。
私は、ずっと苦悩しています。もし、立場が逆だったら・・・。それは、耐え難い地獄です。
経鼻の栄養を中止して餓死させることが、彼にとって良いことなのでしょうか。
でも、私が彼の立場だったら、それを強く望むと思います。
 生きる意味は人それぞれで、他人の人生をとやかく言う資格は誰にもないはずですが、それでもあえて言う人は必ずいます。
相手の立場に自分を置き換えて、想像力を最大限に働かせても、完全に相手の立場や感情を理解することは不可能なのです。
理解しているつもりでも、やはり自分が現実にそうなってみないと実感できないことなのです。
ですから、彼の苦しみは誰にも理解してもらえない。
私はそばにいて、自分の無力さを毎回思い知るだけの面会時間を過ごしています。
いや、心の中は複雑でも、笑って明るく顔拭きや髭剃りをやっていますから安心してください。


 ワイルズを失って、さらに頼りがいのある父ワイルズとの意思疎通が不可能になり、ひとり家の中で読書する時間が増えました。
無邪気なポンが心の救いです。
ワイルズが未知の世界へ行ってしまったので、戸惑った私は妄想しました。
「ワイルズは、10年間の任期で月面での作業を命じられた」
そう、10年間、ワイルズには会えないので仕方ない。私は自分の人生を生きるしかない。
そして今日、ちょうど半分の5年が過ぎました。
う~ん、自分の人生を生きるって言っても読書しかやっていない。精神世界や死生学に興味が向き、その関連本を読み漁ってきました。今は、アルフォンス・デーケンさんにはまっています。尊敬できる方は、いつの世も存在するのだということを改めて知りました。同じ人間でありながら、なぜこうまで謙虚であり、穏やかに死生を語ることができるのでしょうか。学びの足りない自分を反省しつつ、もっと精進したいと思いました。
5年後、ワイルズが月面の任務を終えて帰還しやっと会えたなら、読んだ本の事や自分が考えたことなどたくさん話をして、また、ワイルズの体験話や思ったこともたくさん聞いて、ともかく語り合いたいと思います。(妄想が長くてすみません)


 月を見上げてワイルズのことを思います。 元気にしているのだろうか。。
あの子の話し声や、笑い声が頭の中に響いてきます。
ああ、ほんとうに大好きだったんだ。
自分の命より大切な存在だったのに。。


 忙しい一日で、記事更新がギリギリになってしまい申し訳ありません。
22時10分に、ご焼香にいらした方と「ももの缶チューハイ」で忘れずに乾杯しました。
ネットの向こうで乾杯してくれた方がいましたら、心より感謝いたします。ありがとうございました。
それでは、また一年後に。

4回目の命日

こんにちは。 お久しぶりです。


 ワイルズが逝ってから4年が経ちました。
私にとっては、毎日語りかけ思い続けている息子なので、正直なところ「命日」に違和感を覚えます。
肉体はたしかにこの世からなくなりましたが、意識は異次元に存在すると思っていますので。・・・あの、気は確かですからご心配なく。

 4年間は、過ぎてしまえばあっという間で、いろいろなことがありました。
その中でも、私にとって大きな変化と思えることをひとつ。
 先月初め、強風でなびいたカーテンがワイルズの遺影を倒しました。
翌日、私の携帯ストラップのヒモが切れました。(ワイルズが生前、ネット購入した東方キャラの幽々子ストラップががが....)
どちらも家の中で起きた気になる出来事でした。
 東日本大震災のとき、震度5弱の揺れでもワイルズの祭壇上(3段)は何一つ倒れず、父ワイルズと「無敵だな」と言って笑いました。
その無敵な最上段の遺影が前に倒れて、2段目に頭をつき逆立ちしていたのです。(しばらく放心状態で見入った)
翌日、携帯ストラップが切れているのを知ったとき、ふっとひらめいたのです。

「ワイルズが私に言っている。もういいかげん、祭壇を片付けろと言っている」

今年に入ってから、妙に場所を取り、横のクローゼットの中も整理できず、少しイラッとする存在になっていた祭壇。
でも、決心がつかず片づけることを迷い続けていた祭壇。

   ・・・・・・・・

で、先週片づけました。ようやく片づけることができました。
代わりに、小さな仏壇・仏具を購入してワイルズ好みのディスプレイにしました。
私にとって勇気のいる決断でしたが、背中を押してくれたのはワイルズでした。
カメのようにのろい進捗でも、私にとっては自身の人生を一歩踏み出せたような嬉しい気持ちになりました。
「ありがとう、ワイルズ。ママ、これからもがんばるからね」


 父ワイルズについて。
結論から言いますと、前回の記事内容と状態はほぼ同じです。
動かせる左手足の力が強くなったことと、笑顔の頻度か増えたことが良い報告かと。
 今年2月20日に、病院から言われて2度目の転院をしました。
転院先の病院は、同じ市内なので自宅から車で約15分弱。とても助かります。
ただ、コミュニケーションをとるすべがないので辛いときがありますが、なんとかやってこられているので大丈夫です。
真剣にあれこれ悩んでもすぐに好転することではないので、気長に見守っていこうと思っています。


 ワイルズの命日に毎回思うことは、年に1回でも彼のことを思い出してくださる方がこの世にいるということの有難さ。
彼が生前言っていました。
「僕は、たとえ死んでこの世からいなくなっても、僕を覚えていてくれる人の中で生き続けていけるから満足だ」
そう、このブログを読んでくださったすべての方に心から感謝いたします。
今宵10時10分に、「ほろよい ももの缶チューハイ」でいっしょに乾杯しましょう!

それでは、また。

前記事のつづき

失礼しました。
下書きをしていた途中のはずが、公開されていたのは私の無知からくる落度です。
気を取り直して、続きを書きます。


命日の夜、母が就寝した後でワイルズに思いを馳せながら22時10分、「桃の缶チューハイ」でひとり乾杯しました。いや、ネットの向こう側でいっしょに乾杯してくださった方がいらしたようなので、ひとりではありませんでした。
心温かい人が多すぎて困る。
ワイルズも私も幸せ者です。ありがとうございます。


 次に、父ワイルズの病状について少し。
大きな朗報はありません。去年7月3日に倒れてほぼ変化なく、9月13日に転院しました。(させられました。が、正しい言い方です。急性期病院はどこも長期入院はできないことを知りました)
都内の五反田から自宅近くの病院に転院できたことは嬉しいことで、車で片道20分弱で行ける距離は助かります。
 小さな朗報をお知らせします。
3月に気管切開が閉じられました。左手足を動かすようになり、特に左手の動きは具体的で時々彼の意思を感じ取ることができます。また、どの程度かわかりませんが頭の中の鮮明度が出てきたようで、話している声や内容を認識して相手を特定し、笑顔を見せてくれるよになりました。(最近からです)
小さな朗報も数が増えればいずれ大きな朗報になるということで、この場で報告する頃合いを計っているうちに一年以上経ってしまったという次第です。
 現在の彼の様子は、脳出血時の動眼神経麻痺のため上眼瞼を持ち上げる筋が働かず目が見えません。
気管切開を閉じて声が出せる状態にもかかわらず、声が出ず言葉も話せません。
鼻からの経管栄養を胃瘻(ろう)からにしていただこうと消化器科で検査していただいた結果、解剖学的に不可能だということが判明して(稀にあるケースだそうです)栄養は鼻から胃まで入れてあるチューブに一日3回高カロリーの栄養を高速点滴のような方法で入れています。
寝返りもうてず仰向けのまま寝ていますが、リハビリは倒れた翌日からやっていただいており、今の病院でも三種類の療法士(理学・作業・言語聴覚)さんが毎日熱心にやってくださっています。
 見ることも話すこともできず、飲食の楽しみもなく、動かせる左手で彼が外部とのコミュニケーションをはかれないか考えましたが今は無理のようです。
私の手の平に文字を書いてと言ってみましたが駄目でした。
私の質問に「はい」だったら1回、「いいえ」だったら2回、私の手を握ってみてねということを何度も繰り返した結果、6月あたりから毎回ではありませんがゆっくりと手を握り返してくれるようになりました。
確率は10回中3回くらいかな。  でも、まったくできなかった頃のことを思うと大進歩ですよね。
ひとつ残念なことは、突然眠ってしまうことです。私が話している最中に寝息が聞こえ始め、動かしていた左手も静止します。もっといろいろ話したいことがあったのに・・・。

 父ワイルズの状態を見続けることは正直辛いです。
自分に置き換えたら何をどう考えて時間を過ごすのだろうか。希望を失わず回復を信じていられるだろうか。
今年の年明けに考えすぎて、彼が可哀そうで、心のバランスを崩しかけました。
でも、ある日ハッとわかったのです。
私たち夫婦の最愛の息子ワイルズが自分の身をもって示してくれたことは、まさにこれからの私たち夫婦が生きていくためのすべだったのではと。
弱音を吐かず前向きに生きていきます。
父ワイルズにも話たら微笑んでいました。なぜか、心が軽くなりその微笑みをいつまでも見ていたい気持ちになりました。


 長文になりましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。
私のこれからの人生でやるべきことは、父ワイルズと母とPON(飼い猫)の天寿を全うする日を見とどけることです。そのためには、自分の健康管理と生活を充実させることが大切だと思っています。


 では、また。
 小さな朗報がありましたらお知らせしますね。

3回目の命日と父ワイルズの病状

こんにちは。
前回の記事から一年以上経過してしまいました。
たくさんの心温まるコメントに励まされ、ツイッターやメールからも度々優しい言葉をいただきながら、今日まで頑張ってこられたことを感謝致します。


 さて、昨日はワイルズの3回目の命日でした。
毎月1日はお墓参りへ行っているので勿論昨日も行ってきました。ただ、命日はやはり月命日と心持が異なり、なんというか墓前から離れがたい感情がありました。しかし、ワイルズはいつでもどこにでもいるわけで、お墓に執着することはないのですよね。
また、命日が特別な日と思えることは、小学校時代の先生方や複数の病院友達・保護者の方等がお墓参りに来てくださったことです。自宅への来訪を希望された複数件の連絡をすべてお断りしなければならなっかた事情を快諾していただき、安堵と感謝の気持ちでいっぱいです。
また、父ワイルズの病状と看病する私を気遣って、遠くからそっと見守っていてくださった方々の存在にも感謝致します。
 私事ですが、命日の2日前に母の心臓が心電図によって悪いことが判明し、一週間後の精密検査の日まで実家からこちらへ連れてきてお世話をすることになりました。
去年7月末に脊柱管狭窄症を突然発症して動けなくなり、今年3月に偽痛風を発症して再度歩けなくなり、その都度私の家に連れて来て通院治療とお世話をしました。7月上旬に実家へ戻ってひと月も経たないうちに心臓の不調が発覚したという、母にとっては災難続きだと思います。元気な人だったので相当ショックなようで、私がそばにいてあげないと心配です。
 話がそれましたが、体調の悪い母のために今回の命日の来訪はご遠慮していただいたのです。
本当に申し訳ありませんでした。事態が良くなりましたらお知らせするので、ぜひ遊びにいらしてください。

 命日の夜、
« | HOME |  »
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。